梅風呂

2010年07月08日

プリンターの買い換え

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以前から調子の悪かったプリンターが完全に駄目になってしまったので、慌てて近所の電気店に走った。Amazon等のネットショップの方が安かったのだが、店員さんがいろいろと親切に説明してくれたので、そのお店で買うことに。前の機体がたった2年で壊れてしまったので憤慨していたのだが、新しいのはデザインもいいし、機能も満載、無線LAN対応ということで満足している。
posted by うめ at 14:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

「パリ20区、僕たちのクラス」




D


今日も仕事が来なかったので、大阪の映画館まで行ってきた。姫路は晴れていたのだが、大阪に近付くと上空を真っ黒な雲が覆い、激しい雨が列車の窓にいくつもの筋を作った。傘は持って行かなかった。しまったと思ったのだが、幸い列車が大阪駅に着くころには小降りになっていた。


映画の舞台はパリ20区にある公立の中学校。移民の多い地区なので、生徒にも当然外国人が多い。アジア系、アフリカ系、中東系、ヨーロッパ系すべてが顔を揃えていて、まさに人種のるつぼである。彼らには一癖も二癖もあって、担任の国語教師フランソワは手を焼いている。揚げ足取りにつぐ揚げ足取り、徹底的な無視、生徒同士の喧嘩。どうにか勉強させようと四苦八苦するフランソワと生徒たちのやり取りが、長回しで延々と繰り広げられる。見ていて決して愉快なものではないのだけれど、妙にリアルな風景にいつの間にか引き込まれていた。そう、妙にリアルなのだ。フィクションではなく、現実に存在する学校にたまたまカメラが入りましたという感じ。調べてみると、Wikipediaに次の説明があった。



フランソワ・ベゴドーが実体験に基づいて2006年に発表した小説『教室へ』を、ローラン・カンテ監督が映画化。ベゴドーも脚本及び主演を勤めている。



なるほど。



24人の生徒が登場するが、全員演技経験の無い本物の中学生である。



本物の中学生だからこそ、あの理由のない青春の苛立ちのようなものを素で見せることができたのだろうか。


台詞の応酬以外に面白かったのは、フランスの公立学校のシステムだ。たとえば、生徒に評価点を付ける会議。教師全員が生徒を1人ずつ評価していく。そしてその評価の場にクラスを代表して生徒が2名出席し、オブザーバーを務めている。日本ではちょっと考えられないシステムだ。あとは懲罰会議。問題を起こした生徒は懲罰会議にかけられ、そこで退学か否かの裁決を待つ。公立学校に退学があるというのも驚きである。日本人的感覚からすると強制退学は究極の責任放棄なんじゃないかと思うのだが、良くも悪くも、フランスでは個が確立しているらしい。役割を超えて、教師も一個人、生徒も一個人。だから問題を起こした者は責任をとらねばならない。


観ていて愉快な作品ではなかったけれど、興味深い映画であったことは確かだ。





映画が終わった後、昔馴染みと天満橋で待ち合わせ。天満橋では天の川に見立てて5万個の発光ダイオードを川に流すというイベントをやっていて、大勢の人で賑わっていた。焼き鳥屋で飲みながら政治の話などをする。気兼ねなく話せる友達というのはいいものだ。


posted by うめ at 18:13| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

国分拓『ヤノマミ』



ヤノマミ


読書とは単なる知識を得るための作業ではなく、著者の経験や思考の道筋を追体験する営みなのだと再認識した。


たとえばWikipediaの「ヤノマミ族」の項には、ヤノマミの生活様式や社会や文化がごく簡潔にまとめられている。これを読むと、ヤノマミという民族についてひととおりの知識を得ることができる。しかしそれは通り一遍の表層的な知識であり、ヤノマミを情報として知ったに過ぎない。一方、実際にアマゾンの奥底でヤノマミと生活を共にした著者の文章を読むと、著者と共に森の圧倒的な存在感を感じたり、「ナプ」(ヤノマミにとっての「外人」のこと)としての疎外感を味わったり、文明人の倫理観や価値観を根底から揺るがす光景を目の当たりにしたりしながら、ヤノマミについての理解を深めていくことができる。この経験は、脳みそだけでなく心にも刻み込まれる。まさに追体験である。


情報を仕入れたいだけならWikipediaや百科事典を読めばいい。けれども、物事をより深く、内側から知りたいなら、こうした書籍を読むべきだと改めて思った。


posted by うめ at 21:51| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月20日

町田康『告白』



アンラッキーヤングメン 1


告白


図書館でのこと。カウンターで前に並んでいた女性が湊かなえの『告白』を返却したのに気が付いた。司書にその本を借りられるか尋ねたところ、予約ランキングの紙を指さしながら「いやいや、今『告白』は凄いですよ。予約が200件を超えていて、今予約されても借りられるのは2ヶ月半先です。凄いですよ」と「凄いですよ」を連発した。いやはや恐れ入りました。映画化の影響は凄い(ちなみにあの『1Q84 BOOK3』の予約は400件を超えている)。


仕方がないので、以前から気になっていた町田康版『告白』を借りて帰ることに。ほかに読みたい本が出てきたので途中までしか読めていないのだが、噂に違わずなかなか面白かった。文体の面で言えば、この本の醍醐味は河内弁と妙に思弁的な標準語が入り交じっているところにある。内容の面でこの小説を一言で表すと(こんなに分厚くて饒舌な小説を、しかも最後まで読んでもないのに一言で言い表すなんて、失礼千万なことだけれども)、啄木の「人間のつかはぬ言葉 ひよつとして われのみ知れるごとく思ふ日」。大塚英志の原作を藤原カムイが漫画化した『アンラッキーヤングメン』を思い出した。


時が来たら続きを読むことにしよう。


posted by うめ at 22:23| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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