イサベル・アジェンデ著 木村榮一・新谷美紀子訳『エバ・ルーナ』読了 梅風呂

2005年11月26日

イサベル・アジェンデ著 木村榮一・新谷美紀子訳『エバ・ルーナ』読了

イサベル・アジェンデ著 木村榮一・新谷美紀子訳『エバ・ルーナ』(国書刊行会)読了。

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わたしの名はエバ。生命を意味している。天があたえたわたしの才能は、お話を語ること−−−。
独裁政権下の南米のとある国、密林の捨て子だった母とインディオの父との間に生れた娘エバは、人間の剥製方法を研究する博士の家で育てられた。幼くして母を亡くし、やがて博士の死とともに屋敷は処分され、わずか七歳にして彼女の流浪の人生が始まった。




『精霊たちの家』を読んだ時の記事にも書いたけれど、イサベル・アジェンデの作品と出会ったのは高校の時のこと。その頃、僕はしょっちゅう授業をさぼってお城近くの図書館に行っていた。今思うとその図書館は一地方都市にしては随分恵まれていた。緑に囲まれた環境も良かったし、蔵書数も多かった。背丈の二倍ほどもある書架にはAから順にアルファベットが刻印され、王の周りに整列する騎士みたいにずらりと並んでいた。
ある日南米文学の書架でたまたま手に取ったのがこの『エバ・ルーナ』だった。手に取った理由は多分装丁が美しかったから。Henri Rousseauの"LE REVE(The Dream)"が表紙に使われていた(いまから思うと、この南国の極彩色の夢のイメージは本の中身にぴったりだった)。家に持ち帰り、夜を忘れて読み耽ったことを覚えている。
それから数年が過ぎ、イサベル・アジェンデの著作を集め始めたのだが、残念なことにその頃には絶版になってしまっていた。どうしても手元に置いておきたかったので、オークションで探し続け、この度手に入れることが出来た次第だ。


さて本書の内容だが、主人公エバは物語を語る才能に恵まれた少女。その才能を武器に南米ベネズエラの激動の時代を生きてゆく姿が、エバ自身の語りによって描かれてゆく。それと同時に、地球の裏側で生まれたロルフの人生も、エバの視点で語られる。エバは空想と物語をつむぎながら、ロルフは戦場カメラマンやジャーナリストとしてとことん現実的な社会を見つめながら、それぞれ生きてゆく。そして物語の終盤で2人は出会い、2人の人生はエバの書いたテレビドラマで一つに溶けあう。

本書には熱い南国の密林、クーデターやゲリラ、両性具有、セックスと死など、混沌とした極彩色の世界が描かれている。狭い世界を描いた神経症的な小説にあきあきしている人にお勧め。何より、「わたしの名はエバ。生命を意味している。天があたえたわたしの才能は、お話を語ること」という一文にグッときた人に、是非読んでもらいたい。
posted by うめ at 17:40| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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