ここから始まった 梅風呂

2008年03月01日

ここから始まった

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いよいよ引越しが迫ってきた。要らない家具家電はすべて処分した。荷造りもあらかた終わっている。モノが減ってがらんとした部屋でこれを書いている。

昨日、生協の元同僚たちが送別会を開いてくれた。約束の時間まで少し余裕があったので、西早稲田キャンパスと文キャンをぶらぶらした。
結局、東京での僕の生活は早稲田に帰趨するんだ。たくさんの仲間に出会えた。孤独を知った。文学を齧った。煙草を覚えた。倫理観と思考の方向性が固まった。「翻訳者」という職業を知った。・・・僕にとって、東京を離れるということは早稲田から離れるということにほかならない。卒業したのは5年も前だというのに、ようやく、本当の意味で早稲田から卒業するような気がしている。

10年前、一文受験の帰りに、『'98 東京見聞録』という情報誌を貰った。賃貸の情報や引越しのノウハウ、一人暮らしの知恵などが記載された無料誌だ。その冒頭に掲載されていた詩が印象的だったので、今までずっと手元に置いている。ちょっと引用させてほしい。


東京 早稲田大学卒K

あの日、僕は東京にやってきた。
それまで何度が旅行で訪れたことはあったが、
あの日の東京は特別だった。
東京駅に降り立ち、人込みのなかで背伸びを始めた僕は、
東京を彩るすべての風景を自分のものにしようとしていたのだと思う。
それは、旅行者の気ままさとは違う。
ましてや夢破れ、逃避行の虚しさに沈んでいたものとも違った。
新しい自分に会いたくてうずうずしている気分。
そう。おそらく、そんな思いで東京を見つめていたに違いない。

標(しるべ)のない街・東京。
誰もが遥かなる夢を抱き、
訪れ、通過し、旅立つ街。
人それぞれの人生模様が交差し、
喜怒哀楽が放射線状に拡散する街・東京。

そんな東京暮らしを始めて幾つ年を重ねただろう。
僕はいつの間にか東京に馴染んでしまった。
あの日、目を見張った華やかな都市の表情も
僕にとっては近しい日常風景だ。
色とりどりのファッションも、
豊かな食も、
あふれるばかりの情報も人も、
ごくありふれた暮らしの1コマにすぎない。

僕は新しい自分に出会えただろうか?
都会のうつろいやすい時空のなかで、
変わった自分は出会いたかった自分なのだろうか?

その答えは誰も知らない。
過去も、未来も、現在さえも
僕に教えてくれるものは誰もいないだろう。
ただひとつ
僕に確かなことがいえるとすれば、
東京は、僕が求めたものを
僕が求める程度に与えてくれたということだ。


これから東京へ旅立つ君に、
今の僕が輝いてみえるかどうか、
僕には知る由もない。
でも僕は生きてきた。
自分の思いのままに。
そして僕はそんな僕が大好きだ。
そしてこれからも東京に暮らし続けるに違いない。


この詩は僕にとってお守りみたいなものだった。落ち込んだり、挫けそうになったりしたとき、この情報誌を引っ張り出してきて、「東京は、僕が求めたものを僕が求める程度に与えてくれる」というくだりを繰り返し読み、自分を鼓舞した。手元の雑誌を見ると、この部分に横線が引いてある。
確かに、東京は僕が求めたものを、僕が求める程度に与えてくれた。
僕はこの詩を書いた人とは違って東京を離れてしまうけれども、これからは、この一文の「東京」の部分を「人生」に置き換えて読むようにしようと思う。「人生は、僕が求めたものを僕が求める程度に与えてくれる」と。
posted by うめ at 01:16| 東京 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
98年と言う文字を見て、そして大隈講堂と一文のスロープの写真と、この記事を読んで、泣きそうになった。
あの日、私も東京にやってきたんだ。
その後私は4年で実家に帰ってしまい、何を求めて何を得たのか最近特によくわからなくなるけど、うめくんと知り合えて本当に良かったと心から思ってる。私にとっての東京は、うめくんと切り離せない。
東京を離れてからも、以後の人生は早稲田に帰趨している気がするよ。
やはり特別だよね、10年生活した東京。

関西で待ってます。うめくん、おかえり。
Posted by イクスタ at 2008年03月01日 09:45
お久しぶりです。

大隈講堂ですか。。。姫路ですか。。。何もかもが懐かしい。。。。


でも、卒業してから5年、まだ、西早稲田に住んでます。


姫路でも頑張ってください。

Posted by Kago at 2008年03月01日 11:14
日記を読んで、自分の早稲田での4年間も振り返ってみた。やっぱり、シンクロするものがあって、胸が熱くなる。

僕の倍以上、早稲田に住んできたうめさんには、もっともっと、想いがつまっているでしょう。

関西で待ってます。
Posted by ジベール at 2008年03月01日 14:34
わたしが好きな槇原敬之の「PAIN」という歌の歌詞。

♪見慣れない自転車が駅前に増えた
 来る人 帰る人が持ち寄った夢を この場所で支えられるうちは
 僕の郵便番号は1から始まる

 今日ずっと抱え続けた 泣きそうなときのあの胸の微熱が 
 僕の体温になって いつかだれかのことを 暖める術になる

うめちゃんの「郵便番号1(=東京)」で手にしたものが
今回の決断を生んだんじゃない?


そういえば、文キャンでうめちゃんにわたしから声をかけたね。
(「コイツ誰だ?」って顔されたけど。笑)
学館でみかけたうめちゃんと友達になりたかったんだと思う。
友達になれてうれしかった。

これからもよろしくね☆
Posted by みぽ at 2008年03月02日 09:46
なんだか感動的だったよ。

ユダヤ人のことを研究しているのでユダヤ人の友達や先生が結構できたのだけれど、みんないろいろな所に住んでいるので、いっつもバラバラ。今年一緒の街に住んでた人も、来年はまた別の街だったり。ちょっとさみしいけど、いつもどこかで誰かが頑張っているのを想像して、自分も頑張ろうって思う。みんなたまに移動して、いろいろなところで再会して、面白いよ。ニューヨーク、エルサレム、ベルリン、パリ、ワルシャワなどなど(私の分野の場合)人と人が行きかう街で、必然にも偶然にも、知りあったり再会したり。東京もそんな街だと思います。

大きく変化した梅ちゃんに、超新しい生活がはじまるかんじ。私もドキドキするよ。離れていてもお互い頑張ろう!
Posted by satoko at 2008年03月02日 10:34
タイミングが合わず結局ご挨拶できずじまいでしたが、どうぞ、お元気で。

うめださんの人生がますます充実したものになりますよう、お祈りしております。こっそりと。
Posted by やじま at 2008年03月03日 00:23
生まれてからずっと実家暮らしの私にはわかりませぬが
思うことはたくさんあるやろうなぁ。
仲よしな人たちが、そろって東京へ行ってしまった高校卒業時を思い出しました。
また新たな門出やね。
おかえりなさい。
Posted by na-chan at 2008年03月04日 21:16
>> みなさん

コメント、どうもありがとうございました!何にもなくなった部屋や新幹線の中でコメントを読んで、胸が熱くなりました。持つべきものは友だ。

荷解きや諸々の手続きはほぼ終了しました。週末あたりから、ぼちぼち仕事開始です。
関西のみんな、近々遊びましょう。東京のみなさんとは、上京した折に是非!
Posted by うめ at 2008年03月06日 23:11
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