巻貝のこと 梅風呂

2005年09月10日

巻貝のこと

記憶なんてものは、好きだ好きだと繰り返す女の心くらい当てにならない。時が過ぎるにつれ、薄れ、揺らぎ、脚色される。川底を転がる岩みたいなものだ。水の流れに翻弄されて、あっちにぶつかりこっちにぶつかりしているうちに、だんだん角がとれて磨かれる。2つに割れてしまうものもある。下流に流されていくうちにいよいよ小さくなり、終いには砂粒だ。こうなると、もう他と区別はつかない。日の光にきらめく砂金を別とすれば。



僕は万引きをしたことがない。いや、したことがあるかもしれない。

中学生の頃祖父が死んだ。葬式に出るために家族で大分に帰ることになった。
祖父とは、物心ついてから数度しか顔を合わせたことがなかった。しかもそのころにはもう随分と耄碌していて、まともに言葉を交わしたことがなかった。
「じいちゃんにはビールが薬やけぇ」
などと無茶苦茶を言う親族のせいでいつも酒臭い息を吐いていた祖父は、幼い僕にとって単なる酔っ払い爺に過ぎなかった。トイレでぶつかりそうになっても、目もあわせなかった。
そんなわけで、田舎に帰るのが面倒くさくてたまらなかった。でもまあ、古い家にとっては血の繋がりは絶対である。おまけに僕は子供なんだから、文句も言えない。

僕達家族は新幹線で姫路から小倉まで向かった。乗り換えまでの待ち時間に、ぶらぶらと駅構内の土産屋を見て回った。まるで警官が巡回するみたいに、一軒一軒覗いていった。両親はもしかしたら本家に持っていく土産を探していたのかもしれない。
と、貝がばら売りされているのが目に止まった。1個50円。欲しいと思った。でも僕はたまたま財布を持っていなかった。それに、中学生にもなってちゃちい貝殻が欲しいなどと言い出せない。
「そろそろ行こうか」
両親の声に促されて、僕はあきらめて貝を売り場に戻した。まあ大して欲しくもなかったのだろう、貝のことなんて葬式の間に祖父と一緒に火葬場で煙になってしまった。


ところが帰りの新幹線の中だったか、家に着いた後だったか、僕はジーンズの中に何か入っているのに気がついた。

あの貝だ!

ころんと出てきたのは小さな巻貝。自分で貝をそっとポケットに忍ばせたのか。それとも親にかってもらったのか。実は財布を持っていて、自分で金を払って手に入れたのか。たかだか数日前のことなのに、その貝がどうやって僕のポケットに転がり込んできたのか思い出せない。万引きしたという罪悪感も全く覚えていなかった。
だから、僕は貝が勝手についてきたんだと思うことにしたのだった。
その巻貝を耳にあてると、海の底の音が聞こえる。住人も居なくなったっていうのに、貝殻だけがよくもまあ昔転がっていた処の音を覚えていられるものだ。



こんな風に、自分の記憶なんて極めて曖昧で頼りにならない。たった数日前のことが思い出せないこともあれば、10年前のあるシーンだけをいやにはっきり覚えていることもある。
だから、記憶の中の出来事が自分のものなのか他人のものなのか、はたまた全くの想像なのか、区別がつかなくなる前に出来るだけ書き付けておこうと思う。
posted by うめ at 00:42| バンコク ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 物語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
記憶。
幼い頃の記憶を覚えていることがあるけれど、
あれは本当に覚えているからなのか、
写真や親から聞かされた話を自分の記憶として
覚えているかのように刻み込んでしまうからなのか。
わたしの最も古い記憶は2才頃。
旅行先でマッチで遊んでいて父親に叱られた。
でも先日、幼い頃のアルバムを開くと、
マッチを持って笑っている自分がいた。
この記憶は本当の記憶なのか、以前この写真を
見たときに刷り込まれた記憶なのか。
とりあえず、わたしの中では父親に叱られた記憶が残り、
アルバムにはマッチを持ったわたしが
笑っている。
Posted by みぽ at 2005年09月10日 11:57
今回の記事は、「物語る」ということを意識して書いてみました。僕が好きな類の小説をまねて。だから事実でもないし、フィクションでもない。それこそ時の流れによって事実も物語と化していくしね。

これからちょくちょく物語ることに重点を置いた記事を書いていってみようと思う。
Posted by うめ at 2005年09月11日 22:24
そういう不確かな記憶の物語っておもしろいですよね。
「物語る」シリーズもっと書いてください!

ちなみに私の人生最古の記憶は一歳の時、近所の五歳くらいのお兄ちゃんにくすぐられて笑い死にを覚悟したときのものでした。。

スリリングだったけど、いまいち物語性に欠けますね〜

ところで。
あまり関係ない話題で申し訳ないですが、先日の展覧会の縁でmixiというコミュニティサイトにいれてもらい、そこでブログのようなものを始めてしまいました。
そこは招待してもらわないと入れないそうなのですが、うまく行けばいろんな人と知り合いになれるかも?
私自身まだあまりシステムとか使いこなせてないですが、興味のある方は連絡下さればご招待します!
Posted by ヒトミ at 2005年09月14日 00:54
1歳の頃を覚えているなんて凄いね。僕はどれが一番古い記憶なのか分からない。

「笑った」という行為も、「一生分の笑顔を使い切ってしまった」とか表現してみるとおもろいね。

僕もミクシーやってるので、追加リクエストを送っておきました。よろしく!
Posted by うめ at 2005年09月14日 02:01
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