本を読む 梅風呂

2005年07月24日

本を読む

翻訳作業の合間をぬってスタインベックの『エデンの東』を読んでいる。4月に出版された、土屋政雄氏の手による新訳版だ。これがもう、本当に面白い! 今年に入って一番のヒットである。内容も素晴らしい、翻訳も抜群ということで申し分ない。まだ上巻の途中なのだが、これからどう話が展開していくのか気になる。久しぶりに、時間を忘れて没頭できる本に出合えた。


ところで、高校時代の古典の授業で菅原孝標女『更級日記』が取り上げられたことがある。以下は冒頭の部分である。


あづまじのはて あづま路の道のはてよりも、なほ奥つかたに生ひ出でたる人、いかばかりかはあやしかりけむを、いかに思ひ始めけることにか、世の中に物語といふもののあんなるを、いかで見ばやと思ひつつ、つれづれなるひるま、よひゐなどに、姉・継母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさまされど、わが思ふままに、そらにいかでかおぼえ語らむ。いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏を造りて、手洗ひなどして、人まにみそかに入りつつ、「京にとく上げたまひて、物語の多くさぶらふなる、あるかぎり見せたまへ」と、身を捨てて、額をつき祈り申すほどに、十三になる年、上らむとて、九月三日門出して、いまたちといふところに移る。


仏像を作るほど読書に入れ込んだことはないけれど、これに近い気持ちを僕も味わったことがある。今のように作者がどうだの、「風景」や構造がどうだの、小難しい知識を仕入れる前の頃、純粋に「物語」を楽しんでいた頃のことだ。
『耳をすませば』の月島雫みたいに「物語」が大好きで、貪り読んでいた(雫が自分に似ているもんだから、『耳をすませば』は大のお気に入りだった)。『ナルニア国物語』『ブリデイン物語』シリーズ、『ゲド戦記』、ジュール・ヴェルヌやミヒャエル・エンデ、トールキンあたりは何度も読み返した。時間の経つのも忘れて没頭し、いずれ物語の終わりが近づくのが哀しかった。登場人物たちのその後を想像してみたり、作中の人物になりきってセリフを語ってみたりした。感動した文章をノートに書き写しもした。

こういう体験が、僕のその後を形作っているんだろう。

いや、久しぶりに没頭できる本に出会えて、ふと昔のことを思い出したんだ。
posted by うめ at 07:00| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 本について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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更級日記
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