焚書 梅風呂

2005年07月09日

焚書

世の中にはあまりにもくだらない本が多いような気がする。また、決して良書=売れている本ではないのが哀しいところだ。書店などのランキング上位を占める本の9割が駄作だといっていい。安っぽいハウツー本に、軽い小説・・・。


若者の「読書」体験もお粗末な限り。本を1年に一冊しか読まない文学部生がいるのにも驚愕するが、古典を読まないことにも呆れる。日本人作家なら夏目漱石、志賀直哉、川端康成などなどの代表作くらいはおさえておくべきではないか。新しいところでは大江や中上くらいは読んでおきたい。むろん村上春樹や山田詠美も読むに足る作家だと思うが。
教養主義を賛美するつもりではないが、若者こそ本(良書)を読み、知識を身につけ感性を磨く必要があると思う。まあそこまで偉ぶらずとも、最低限の古典を知っておかねば、新しいことを語れないというのはどの分野でも同じだ。知識の裏打ちのない言葉には説得力がない。


「ちょっと哀しい」「ちょっと切ない」「泣ける」「おしゃれ」・・・これらの形容詞一言で言い表せてしまうような軽い小説のなんと多いことか。そしてそういう小説が巷ではもてはやされる。大量に発行されて、一度読まれただけでブックオフへ。読後には何も残らない。
そんな軽いおはなしを読む役目は、中学生に任せておけばいい。


焚書。くだらん本なんか、火力発電所で燃やしちまえ! ちっとは化石燃料の消費を抑えられるだろ。
posted by うめ at 01:47| バンコク ☁| Comment(9) | TrackBack(1) | 本について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うめ侍が斬っとる!

没後30年経ってない作家の本は信用しないって誰か言ってたの思い出した。

本も使い捨ての時代?
でもいうほど新しい人を読んだことがないの。
だからあんまし知んないだけど、どのへん、火にくべましょうか。

Posted by ぱんだらー at 2005年07月09日 22:38
人生は・・・から、書きたいことを書く、になってる。コンセプトチェンジ?
「読んだ」という履歴だけならそこらの文学部生にも負けない、やじまでございます。

専門の何かひとつを頑張ってればいいんだ、とはよく言いますけれども、やっぱり、「文学部ならこれくらい」とかって期待しちゃう線はありますよね。
英文科なら英語ペラペラであってほしいし、商学部なら簿記にマーケに経営といったような。

要求は意外とハイレベル。
Posted by やじま at 2005年07月10日 00:05
『世界の○心で愛を叫ぶ』
『いま、○いにゆきます』

あたりは良く燃えそう。なんせ大量に発行されているから、供給が尽きることもない。ブックオフにずらり並べられているので、取引価格も安いでしょ。

あとは、

『フォレストガン○』
『マデ○ソン郡の橋』
『チーズはどこへ○えた』

とかもどうや?『セカチューチュー』よりは旧式の燃料だけど、これも本棚の奥深くまで掘削すればかなりの埋蔵量があるはず。
江国○織、○仁成、唯川○、綿矢○さ、村山○佳あたりも燃やしていーんじゃないでしょうか。
どうですか、ななちん?


>やじ

ついに爆弾発言書いちゃいました。
ほんまやじの読書姿勢には驚かされます、なんか一昔前の旧制高校生みたいだよね(笑)。
イプセンや武者小路実篤、幸田文がすきな大学生なんていまどき珍しいっすよ・・・・じいさ・・・ゲフンゲフン。
Posted by うめ at 2005年07月10日 00:28
燃〜えろよ燃えろ〜よ炎を燃えろ〜
ってキャンプで歌ったナ。

本も音楽と同じでその時代に必要とされてるものが流行るんだろうけど。

カタイ本を読め、とは高校時代によく言われた言葉でしたな。
もっと読んでりゃよかったー。
Posted by ぱんだらー at 2005年07月10日 00:49
軽い小説でも余興としてはいいけどね。
「名作!」とか「傑作!」とか銘を打ってもてはやさないで欲しいなぁ、と思うよ僕も。しかし、年を取ってくると今まで本を読んできたかどうかって、かなり違いが出てくるからなぁ。漢字を知ってるかどうかとか、教養面において。

ところで>うめち
京極夏彦どう思う??僕は好きなんだけど・・・
京極堂シリーズの主人公、関君の浅はかさは自分に繋がるところがあって共感も湧くし(笑)
個人的には上記の燃料に田中○樹を含めてほしいなぁ。たくましくねぇ。
音楽でいうなら一昔前のGL○Y世代(綺麗目バンド)と、現在のうるさパンクのCDは全てカラス除けに使ってしまえば、都会のごみ問題すら解決できると思います。
Posted by ひで at 2005年07月10日 16:23
>ぱんだら

ハンス・ロベルト・ヤウスの「期待の地平」という言葉がある。彼の理論からすると、簡単に言ってしまうとだが、その時代の読者の「期待」に沿ったテクストこそが流行る。その期待の地平から少し逸脱したものは読者の目に斬新とうつる。
同時代の読者にはうけなくとも、後世の読者に評価されることもあるだろう。作品の評価基準は時代によって異なるものであり、読者を意識した批評も欠かせない。

如何せん勉強不足なので、深いつっこみはご容赦を。


>ひで

京極夏彦の作品を読んだことがないので、わかりませぬ。ミステリーやホラーは一番読んでないジャンルです。シャーロックホームズとかルパンは読んだことあるけど。京極夏彦については、ひでが語ってください。
音楽だったらつんくプロデュースのグループが最もイケてないと思うけど、J-POPも守備範囲外・・・。こちらもひでにお任せします。


>yu-hi

アンサーブログさんくす。

刹那的な会話と形の残る文字作品を同じレベルで論じることは出来ないと思います。
書籍という形(まあ今はブログとか電子媒体もあるけど)で小説やエッセイ、詩などを発表した者には、「作者」という肩書きがつく。作品は大衆の目に晒される。その時点で彼は評価の対象を免れ得ない。そこで淘汰されるか、受け入れられるかは、まさに前述の「時代の地平」に左右されるのだろう。しかし自分がその「時代の地平」に組み入れられているかいないかは問わず、本を選ぶ時は自分の価値判断に頼っているというのが事実。
ぶっちゃけ、自分にとって面白ければいいのよ。それが全てだと思います。

今回は僕の評価基準に従って過激なことを書いたけれども、本気で燃やせばいいとは思ってない。むしろ、僕が否定した本が好きだという人から、その理由を納得(理解)できるようなコメントをもらいたい。yu-hiのアンサーブログはありがたいです。
Posted by うめ at 2005年07月11日 23:45
刹那的な会話も形に残ってるんだよねぇ。
見えないけれども、心の中に。
まぁ、確かにそれと文学作品を同列にはできないってのはわかるけどね。
でも自分の中に入っちゃったら、
それはもう自分のものになるからねぇ。

あー、でもうめが言いたいこともわかるなー。
俺もサッカーだったら、守備的なところが上位にいるとむかつくもんなー。
日本のためには攻撃的なチームが強くあるべきだーって思うからなぁ。
ジャンルは違うけど、そういう感じに近いのかと思ったよ。
違ってたら、ごめんな(笑)
Posted by yu-hi at 2005年07月12日 00:39
本、ボクはなかなか読めてないです。
仕事がら、仕様書やら参考書は多いのだけれど、
文学とはほど遠いからなぁ...。
世界の中心...やら....いにゆきますは、読んでみたいとはおもわないけれど、
西洋哲学や東洋古典哲学な本を、読んでみたいと思ってます。

文学書は......時間のあるときに、
ゆっくりと読んでみたいなぁ。
入院してたとき、本じゃなくてコンピュータ持ち込んでたのが、
そもそものまちがいなんだろうか(^^ゞ。
Posted by おおつか at 2005年07月13日 02:02
みんなコメントありがとう。
過激なエントリにもきちんと意見してもらえて有難いです。

ちなみに僕は今、スタインベックの『エデンの東』を読んでいます。カズオ・イシグロ著『日の名残り』の訳者である土屋政雄氏が訳しているんだけど、非常に読みやすく、素晴らしい訳だと思います。研究者ではないので、内容の深いところまで訳出されているかどうかは分からないけれど。こういう翻訳を読むと文芸翻訳もやってみたいなあと思います。本当に奥の深い世界だから、若輩者には敷居の高い仕事ですが。
Posted by うめ at 2005年07月20日 03:29
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Weblog: ある風景と言葉の描写vol.2
Tracked: 2005-07-10 00:30
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