おとぎ話 梅風呂

2006年12月21日

おとぎ話

そういえば、とその男は切り出した。


そういえば、こういうことがあった。
以前、俺はとある集まりに顔を出していた。10人やそこらの集まりで、そうだな、月に1回か2回、近くの集会所のようなところを借り切って、顔を合わせていた。参加者はみな俺よりも年上で、会社をリタイヤして悠々自適の生活をしている奴もいれば、ちゃきちゃきのキャリアウーマンとして働いている女性もいた。もちろん主婦もいたし、求職中の妻帯者もいた。
キャリアもバックグラウンドも異なる奴らばかりだったが、その集まりはうまく運営されていたんだ。半年、一年と続いていくうちに気心も知れてきて、みなで熱海の方に泊りがけで出かけたこともあったし、参加者の家のホームパーティーにお呼ばれしたこともある。会の後では決まって飲みに行っていた。朝まで飲んだこともあったっけなあ。
まあこんな風に順風満帆に事は運んでいたわけだが、ある日の集まりを境に、急に均衡が崩れ始めたんだ。ほら、海岸かどこかで何人かで砂山を作って、真ん中に棒を立て、それが崩れないように順番に砂を取ってゆく遊びがあるだろう? あれは途中まではうまく砂を取り分けられるんだが、まだ大丈夫と安心していても、まるで風が押したみたいに突然ポロっと倒れてしまう。ああいう感じだ。何の前触れもなかった。そのきっかけが何だったのか、俺には分らない。いや、深く考えたいとも思わない。さっき言ったように俺は一番の年下で、会の運営方針にとやかく言う立場になかったし、巻き込まれるのも嫌だった。何より、俺は集まり自体は気に入っていたから、周りの雰囲気が悪くなっていくのが寂しかった。人の集まるところには必ず争いごとがあるというのは、本当なんだな。そのうち、みなの中で高まる苛立ちの矛先は主催者へと向けられていった。主催者も薄々気がついていたのだろう、みなをまとめようとする気苦労がみてとれた。
前置きが長くなってしまった。今日喋りたいのはそんな瓶の中の嵐の話じゃあない。
そんな会の空気が淀んでいた時期のことだ。参加者の中に、30くらいのとびきり美人の女性がいた。いや本当だ、銀座や青山あたりでいい服を着て、ヒールの高い靴を履いて歩いてそうな女だった。その女こそが主催者を攻撃する急先鋒だったのだが、ある日の集まりの後の飲み会で、そう、2次会だったと思うが、しこたま飲んで主催者に対する苦言をずらずらと並べ立た(幸いなことに、その場には物分りのいい50過ぎの男性と、物腰の柔らかな主婦、それに俺しかいなかった)。俺たちはその女の言い分をどうにかオブラートに包んで受け流し、聞き役に徹していたのだが、彼女にはそれが物足りなかったのだろう。二次会もお開きになって、他のメンバーを見送った後、俺の腕をぐいっと掴み、
「・・・くん。歩こう。ちょっと一緒に歩きたい」
と勝手なことを言って、ずんずん先に歩き始めた。俺は、まいったな、酔っ払った女は苦手だ、手に負えないなどと思いながらも、とびきりの美人に腕を組まれているのだ、悪い気はしない。酩酊に近い彼女の体を支えながら、深夜の街を歩いたわけだ。その途中で何を話したのかは覚えていない。俺もかなり酔っ払っていたのかもしれない。途中で何度も彼女が倒れそうになったので、あわてて引っ張り起したことは覚えている。
1時間ほども歩いただろうか、途中見つけたバーに入って、向かい合って座った。そこでもやっぱり俺たちは酒を頼んで、話をしたわけだ。たぶん、俺はボウモア12年。彼女はジン系のカクテル。
さっきまであの集まりのことをあんなに熱く語っていた彼女だったが、バーの固い椅子に腰を落ち着けたとたんに、しんみりと自分のことを語りだしたのだ。最近までOLをやっていたこと。週末には趣味でジャズのセッションをやっていたこと。四国出身ということ。猫よりも犬が好きだということ。家はなかなかの旧家だということ。母親が帰ってこいと言っていること。そして、
「私ね、ジャズやってる人と結婚するところまでいったんだけど、つい最近、駄目になっちゃったんだよね」
そんなことを言い出した。
分るか? この状況が。深夜3時のバーでこんな話をしている状況が。俺は何といってもまだ20代半ばだし、お前も知っているとおり結婚も離婚も経験していない。30過ぎた女の別れ話に、それも結婚がご破算になったなんていう話に、うまくコメントができるわけがない。ああ・・・そうなんですか・・・それはつらい・・・でも落ち込まずに・・・とかなんとか、もごもごと返すくらいしかできない。けれど、この人は誰かに話を聞いてもらいたいんだ、話を聞くぐらいだったら俺にもできる、そう考えた俺はとにかく真剣に彼女の話を聞いたんだ。

そう、その女性と話したバーがこの店だ。


彼の話を聞いている間に、僕の酒はすっかり氷が解けて、薄く、ぬるくなってしまっていた。ウェイターを呼びながら、
「それからお前はどうしたの?」
と聞くと、
「別に何にもないさ。だんだん彼女がしんどそうにしてきたから、店を出た。持ち合わせがないと言うんで、タクシーの金を渡して、そこで分かれた」
「そうなのか」
「そうなんだ」

「・・・いや、この年になると、映画か、ドラマか、っていうようなことが起きるもんなんだなと思ってこの話をしただけだ。でも作り話だったら、そのまま女を俺の家に泊めたりするんだろうけど、そこまでの勇気は俺にはないってことだ。それに、彼女の話を聞いていたら、なんだか可哀想になってきてな。あの集まりに対してあんなに苛立ってたのも、結婚予定の相手と駄目になってしまった寂しさが原因なのかもしれない。自分が中心になれる居場所が欲しかったのかもな」
「そんなもんなのかな」
「そんなもんなんじゃないか」
「お前の方は、この歳になったからこそ、という出来事はないのか」
「僕の方はね、そういえば、こういうことがあった。少し前に煙草を止めたことは知ってると思うけど、駅前のサブウェイでコーヒーを飲んでいたとき・・・」
posted by うめ at 22:35| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 物語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
嘘みたいなほんとみたいなおとぎ話。続きも気になりますね・・
Posted by Trueeyes at 2006年12月23日 01:13
本当のことを語っても架空の話のように聞こえる場合もあれば、フィクションを語ってもリアルに聞こえる場合もあるよね。そもそも、おとぎ話や寓話には何かしらの真実が含まれているものだし。
Posted by うめ at 2006年12月26日 22:23
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