『愛はさだめ、さだめは死』 梅風呂

2005年04月03日

『愛はさだめ、さだめは死』

ジェイムス・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』読了。


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普段SFは読まない。名前に惹かれて購入したのだが、この短編集『愛はさだめ、さだめは死』に収められている各編はジャンルを越えた傑作だろう。この一冊を読んだだけで、ジェイムス・ティプトリー・ジュニアは『ゲド戦記』や『闇の左手』、『所有せざる人々』のアーシュラ・K. ル=グィンと並ぶ優れた書き手であることが分かった。



まず、その生い立ちが凄い。
本書あとがきより。

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彼女の名前はアリス。高名な探検家の父と作家である母に連れられて、十歳になるまでに世の中のありとあらゆる現実を見てしまった銀色の髪の美少女。幼いころから世界中を巡って、飛行機や銃によって荒される以前のアフリカ、月の山と呼ばれるルベンゾリを眺め、カルカッタの町では飢えた人々の間を歩き、まだ平和だったベトナムの森を小馬に乗って駆けた彼女。五歳のころ、彼女を女神のように崇拝する三十人の原住民の見守る前で平然と髪にブラシをかけていたという彼女は、しかし誰よりも鋭い感受性の持ち主であり、様々な異文化、宗教、タブー、その他との接触によって「同年代の普通の子供たちとの生活に深い疎外感を覚え、文化の相対性に悩まされる」早熟で孤独な少女となった。

 アリスの思春期は強大な両親(特に美しく、知的でエレガントな、その一方でライフルを肩にアフリカの大地を踏破し、巨象を狩るとてつもなくタフな母親)の影響力から自立しようとする激しい苦闘の日々だった。十二歳で自殺を試み、十代の終わりごろ、母親が彼女をニューヨーク社交界にデビューさせるための盛大なパーティと世界一周旅行(英国王室に招かれて国王陛下に拝謁するのがそのクライマックス)を計画しているのを知るや、それをぶち壊すためだけに三日前に知り合ったばかりのハンサムな男の子と駈落ちし、結婚する(すぐに離婚したが)。

 二十代前半の彼女は、グラフィック・アーティストとして著名な雑誌に寄稿したり、個展を開いたり、美術評論を書いたりして暮らしていた。また左翼運動に没頭し、自らをアナーキストと規定していた彼女だが、ヨーロッパの戦争が激しさを増した一九四二年、陸軍に入隊。女性として初めて空軍情報学校を卒業し、写真解析士官としてペンタゴンの中枢で働き始める。

 四五年、彼女はドイツに渡り、ドイツ科学の成果と科学者たちをできるだけたくさん合衆国へ連れ帰るプロジェクトに参加。アメリカのアポロ計画も、もともとは彼女たちの活躍がなければ実現しなかったかも知れない。このプロジェクトの立案者で指揮官だったハンティントン・D・シェルドン大佐とアリスは結婚する。二人はその後軍を離れ、ささやかな生活をしていたが、五二年、CIAの発足とともにその設立に力を貸すよう政府から要請される。ハンティントン氏はトップレベルで、アリスは写真解析部門の技術レベルでCIAの組織づくりに力を注ぐことになる。五〇年代の東西対立の中で、夫妻はCIAの活動に深く巻き込まれるが、この頃のことはあまり知られていない。フルシチョフ首相の健康状態を調べるためにその尿を入手する作戦など、いろいろ面白そうな話はあるのだが、詳しくはわからない。

 五五年、政治・軍事の秘密をさぐるよりも自然の秘密を知りたいという思いがつのり、辞職願いを書いて姿をくらます。CIAで学んだテクニックを駆使して別人になりすましたが、結局は夫のもとへ戻る(この自分を別人にするテクニックというのは、後にティプトリーとしてSF界に姿を現わす時も役にたったものだろう)。彼女は基礎科学を学びたいと思い、もう四十代の後半になっていたが、大学に入り直して実験心理学に挑戦した。アリスはここでもすばらしい才能を現わし、大学を最優秀の成績で卒業、優等で博士号を取得する。その後心理学の講師となり、大教室で学生たちを教えるが、ついに体をこわして、講師生活を続けることができなくなった。

 大学を辞める前に、アリスは「正気ではできない」ことをやってのけた。SFを書いてしまったのである。もともと彼女はSFが大好きな少女だった(それもまた、母親が決してやらないことの一つだったから)。九歳のころからSF雑誌を読みふけっていたという。彼女はSFを発表するにあたって、ちょっぴり茶目っ気を発揮した。渋い中年の男性を創作し、彼をその作者としたのである。彼の名はジェイムズ・ティプトリー・ジュニア。本書の作者である。

 一九六八年、ティプトリーはSF界にデビューした。彼はたちまちSF界の話題をさらう。そこから先の騒ぎは本書のシルヴァーバーグの解説に詳しい。七三年ヒューゴー賞受賞(本書「愛はさだめ、さだめは死」)、同年ネビュラ賞受賞(本書「接続された女」)、七六年ヒューゴー、ネビュラ両賞受賞(「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」)。これが「ティプトリー第一の衝撃」。この時のティプトリーは、経歴も何もわからない、謎の作家だった。その作品のすばらしさは、ぜひ本書で味わってほしい。

 一九七七年、「ティプトリー第二の衝撃」がSF界を襲う。ティプトリーは女だったと暴露されたのだ。本書収録の「男たちの知らない女」のような作品が、フェミニズム運動をベースに議論されているさなかだったので、これは真に衝撃的なニュースだった。本書のシルヴァーバーグによる解説にもその混乱が現われていて面白い。アリスは不本意ながらその正体を明かにした。八三年、彼女はチャールズ・プラットとのインタビューの中で、ここに書いてきたような自らの経歴を読者に語った。少女時代からのとほうもない体験がSFファンの前に明かにされた。これをティプトリー第二・五度目の衝撃という人もいる。その後のアリス=ティプトリーは、夫の体調の悪化もあって執筆量は落ちていたが、最近作の「たったひとつの冴えたやりかた」のシリーズのように、新たな挑戦によって絶えず読者を驚かし続けてきたのである。だが、まだ最後の、とんでもない衝撃が残されていた。

 一九八七年五月十九日、アリスは弁護士に後事を託する電話をかけ、病気で寝たきりとなった夫を射殺し、同じベッドの上で自らの頭を撃ち抜いた。彼女は七一歳、彼は八四歳だった。殺人と自殺。日本ではこれを心中という。終戦時ヨーロッパの瓦礫の中で結婚した二人は、四十年以上深い愛につながれ、一心同体となって生きてきた。自らの心臓の病気が悪化してきたことを知った彼女にとって、これが「老いたる霊長類」にできる「たったひとつの冴えたやり方」だったのだろう。


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さてこの短編集には、


すべての種類のイエス
楽園の乳
そしてわたしは失われた道をたどり、この場所を見いだした
エイン博士の最後の飛行
アンバージャック
乙女に映しておぼろげに
接続された女
恐竜の鼻は夜ひらく
男たちの知らない女
断層
愛はさだめ、さだめは死
最後の午後に

が収められている。どれも面白いのだが、『そしてわたしは失われた道をたどり、この場所を見いだした』、『接続された女』、『最後の午後に』が特に気に入った。(最近はやりの「攻殻機動隊」とか「イノセンス」なんかは、『接続された女』のパクリに過ぎないんじゃないかと思ったくらいである。)
どの短編も、書き出しは意味不明な情報がばらまかれていて読みづらいのだが、それをラストに向かって纏め上げ、一本筋を通す力は圧倒的。内容を全て把握してから読み返しても楽しいだろう。

ネタバレになるから詳しくかかないが、読んでみることをお勧めする。ついでにアーシュラ・K. ル=グィンもね!
posted by うめ at 23:37| バンコク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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