梅風呂

2010年07月31日

「キャンディード」

兵庫県立芸術文化センターで佐渡裕プロデュースの『キャンディード』を観てきた。
この『キャンディード』にはちょっとした縁がある。高校の頃、部活の副顧問からミュージカルの名曲の入ったCDをもらった(どうして彼がこのCDをくれたのか、理由は忘れてしまった)。このCDにはウエストサイドストーリーの「マリア」や「トゥナイト」といった有名な曲も収録されていたのだが、一番気に入ったのは「キャンディード」の「Overture」と「Make our gardens grow」だった。何度も繰り返し聴いたので、最初から最後までメロディーを空で口ずさむことができるようになった。この2曲は今でも特別だ。「一番好きなクラシックの曲は何ですか」と問われたら考え込んでしまうけれども、「一番元気の出る曲は」と問われたなら、間違いなくキャンディードを挙げる。
いつかは生の舞台で観てやろうと思っていたところ、運良く近くのホールで上演が決定。しかも一流の指揮に一流の演出で!
さて、ストーリーはというと、主人公が油田を見つけて大金持ちになったり、騙されて一文無しになったり、ブッシュやベルルスコーニといった現代の先進国首脳が海パン一丁で出てきたり、登場人物たちが死んだり生き返ったり、KKKの衣装をまとった人たちが出てきたり、とはちゃめちゃで正直ついていけないところもあった。しかし佐渡さんの振るキャンディードは力強く躍動感があって、自然と体が動きそうになった。序曲の変拍子がかっこいい。音楽もさることながら演出もなかなか凝っていた。舞台が巨大なブラウン管のテレビになっていて、観客はテレビの中の出来事をみる格好になる。つまり、舞台の上で起きることはテレビの中のファンタジーだと暗示されているわけだ。
舞台はおよそ3時間ほど。巨大なエネルギーの塊みたいな音楽や芝居の渦に巻き込まれ、ふらふらの恍惚感の中、劇場を後にした。
posted by うめ at 10:40| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月21日

劇団わらび座「アトム」



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兵庫県立芸術文化センター中ホールにて、11時開演。



20××年、十万馬力のロボット「アトム」の時代は終わり、さらに進化したヒト型ロボットが、パワーを大きく制限され、人間への絶対服従を強いられている時代。


路地裏の倉庫では、ロボットだけの秘密のパーティーが開かれていた。


元科学者・神楽坂町子の屋敷で働くトキオと、親友のアズリが創った歌は、自由を持たないロボットたちに生きる喜びを生んでいた。


そこに人間の若者たちが紛れ込んでくる。


工場で働くタケとエミ、親に未来を決め付けられて苦しむマリア。


「私たちだってロボット!」


人間とロボットの叫びは心を結びつける。


やがてマリアとアズリに愛が芽生える。


しかし、それを許さない人間の力と暴力によって、アズリは殺される。


復讐を叫ぶロボット達に、元科学者のスーラが「殺人兵器として十万馬力のアトムを甦らせるのだよ」と煽る。


アトムを密かに預かっていた神楽坂町子は、「暴力で何かを解決した事があったか」と、トキオを諭す。 そして、トキオに隠された秘密が明かされる。


アトムは甦るのか―、トキオの決断は―。



ストーリーはいたって単純明快で、歯の浮くような台詞も随所に出てくる。こういった「直球」の作品は一般に陳腐化しやすい。しかしそうさせないのは、役者のレベルの高さと熱い演技、そして的確な舞台演出のおかげだろう。四季にも負けない魅力的なミュージカルだった。


わらび座という劇団のことをこれまで知らなかったのだが、秋田に拠点を置き、半世紀以上の歴史、200名を超える劇団員と専用劇場を有する団体らしい。題材を日本の文化に求めた作品を得意としているようだ。生活の場と芸術表現の場を同じくし、構成員で共同生活をする、一時期世界中で流行った芸術家コミューンが思い浮かんだのだが、あたっているだろうか。


今回はアトムというSF的なテーマの作品だったが、「カンアミ伝」や「山神様のおくりもの」等の土着的な作品も観てみたい。


posted by うめ at 18:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

『ビジネス技術実用英語大辞典』第5版



翻訳者必携の辞書『ビジネス技術実用英語大辞典』の第5版がこの夏発売される。改訂が告知されてから2年あまり、満を持しての登場だ。「翻訳者必携」と書いたが、理系、文系を問わず、学生にもビジネスマンにもお勧めの辞書である。この辞書の特徴は、なんといっても訳例と表現が非常に豊富であること。語彙数なら『リーダーズ』や『ランダムハウス』、語法なら『ジーニアス英和大辞典』、幅広い表現や訳例なら『ビジネス技術実用英語大辞典』という風に使い分けるとよい。


購入はproject-pothos.comから。7月下旬以降、購入受付開始とのこと。


posted by うめ at 00:13| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月08日

プリンターの買い換え

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以前から調子の悪かったプリンターが完全に駄目になってしまったので、慌てて近所の電気店に走った。Amazon等のネットショップの方が安かったのだが、店員さんがいろいろと親切に説明してくれたので、そのお店で買うことに。前の機体がたった2年で壊れてしまったので憤慨していたのだが、新しいのはデザインもいいし、機能も満載、無線LAN対応ということで満足している。
posted by うめ at 14:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

「パリ20区、僕たちのクラス」




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今日も仕事が来なかったので、大阪の映画館まで行ってきた。姫路は晴れていたのだが、大阪に近付くと上空を真っ黒な雲が覆い、激しい雨が列車の窓にいくつもの筋を作った。傘は持って行かなかった。しまったと思ったのだが、幸い列車が大阪駅に着くころには小降りになっていた。


映画の舞台はパリ20区にある公立の中学校。移民の多い地区なので、生徒にも当然外国人が多い。アジア系、アフリカ系、中東系、ヨーロッパ系すべてが顔を揃えていて、まさに人種のるつぼである。彼らには一癖も二癖もあって、担任の国語教師フランソワは手を焼いている。揚げ足取りにつぐ揚げ足取り、徹底的な無視、生徒同士の喧嘩。どうにか勉強させようと四苦八苦するフランソワと生徒たちのやり取りが、長回しで延々と繰り広げられる。見ていて決して愉快なものではないのだけれど、妙にリアルな風景にいつの間にか引き込まれていた。そう、妙にリアルなのだ。フィクションではなく、現実に存在する学校にたまたまカメラが入りましたという感じ。調べてみると、Wikipediaに次の説明があった。



フランソワ・ベゴドーが実体験に基づいて2006年に発表した小説『教室へ』を、ローラン・カンテ監督が映画化。ベゴドーも脚本及び主演を勤めている。



なるほど。



24人の生徒が登場するが、全員演技経験の無い本物の中学生である。



本物の中学生だからこそ、あの理由のない青春の苛立ちのようなものを素で見せることができたのだろうか。


台詞の応酬以外に面白かったのは、フランスの公立学校のシステムだ。たとえば、生徒に評価点を付ける会議。教師全員が生徒を1人ずつ評価していく。そしてその評価の場にクラスを代表して生徒が2名出席し、オブザーバーを務めている。日本ではちょっと考えられないシステムだ。あとは懲罰会議。問題を起こした生徒は懲罰会議にかけられ、そこで退学か否かの裁決を待つ。公立学校に退学があるというのも驚きである。日本人的感覚からすると強制退学は究極の責任放棄なんじゃないかと思うのだが、良くも悪くも、フランスでは個が確立しているらしい。役割を超えて、教師も一個人、生徒も一個人。だから問題を起こした者は責任をとらねばならない。


観ていて愉快な作品ではなかったけれど、興味深い映画であったことは確かだ。





映画が終わった後、昔馴染みと天満橋で待ち合わせ。天満橋では天の川に見立てて5万個の発光ダイオードを川に流すというイベントをやっていて、大勢の人で賑わっていた。焼き鳥屋で飲みながら政治の話などをする。気兼ねなく話せる友達というのはいいものだ。


posted by うめ at 18:13| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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