梅風呂

2010年02月13日

2009年に観たもの、聴いたもの、読んだもの

@「Wicked」
中毒としか言いようがない。歌詞カード片手に CD を聞き込んだり、Youtube で役者ごとのパフォーマンスを見比べたり。もちろん劇場にも足を運んだ。大阪での開幕 2 日目に大勢で観に行けたのは良い思い出。そして何より、Gershwin Theatre の最前列で観たパフォーマンスは最高だった。今思い出しても鳥肌が立つ。

A須賀敦子
2008 年に引き続き、須賀さんのエッセイや翻訳を読み進めた。なかでも良かったのは、須賀さんが訳したナタリア・ギンズブルグの『モンテ・フェルモの丘の家』。池沢夏樹の世界文学全集に収められている。全編とおして書簡形式になっていて、「ジュゼッペからルクレツィアへ」、「エジストからジュゼッペへ」、「アリビーナからエジストへ」というぐあいに、かつてモンテ・フェルモの丘の家に集った仲間たちの間で手紙がやり取りされる。登場人物、つまり手紙の書き手は 10 名あまり。読み進めるうちに、蜘蛛の巣のように複雑な人間関係が浮かび上がってくるしかけになっている。昔言えなかったこと。手紙の中でさえ吐いてしまう嘘。時の経過と共に変わってしまったお互いの関係。須賀さんの訳文は、「かつてそこにあったけれども、今はもうない」といった類の悲しみをよく表現している。
須賀さんが訳したアントニオ・タブッキの作品もいくつか読んだ。特に気に入ったのは『インド夜想曲』。貧者のための病院やスラムといった、物語を支える "インド的事物" のイメージの鮮烈さといったらない。都会の騒音やすえた汗の臭いがページの間から立ち上ってくるよう。須賀さんの翻訳の中には、彼女の試みが失敗しているのではと思わせるものもあるのだけれど、この 2 作は翻訳の力が原作自体の魅力をいっそう引き立たせている。

B小玉ユキ『坂道のアポロン』
2009 年に読んだ漫画の中で、間違いなくナンバーワン。女の子から見た男の子たちの青春といった風。帯の「どこまでも王道の少女漫画でありながら、二人の友情はすぐれて少年漫画的、希有な両立がここにはある」という表現は言い得て妙だ。60年代、長崎、バンカラ、ジャズ、初恋、といったキーワードにピンと来る人に是非手にとってもらいたい。

C「ママさんバレーでつかまえて」
秋から冬にかけて放映された NHK のシットコム。ウィキペディアによると、「芝居の稽古から数日後に収録を行い、本番は通常のドラマとは違いノンストップで収録される。舞台の様に最後まで演じきる様子を撮影し放送。また、最終回は、NHKのドラマとしては1950〜60年代のテレビ草創期以来、半世紀ぶりの試みとなる生放送で行われた。」とのこと。ノンストップで演じられるうえ、観客の笑い声も入るため、本当に舞台を見ているようだった。特に最終回は生放送だったので、役者さんがちょっと噛んだりすると、「緊張で台詞がとんだりしたら、全国数百万の視聴者が目撃することに!」などとハラハラしどおし。ともあれ、40分もの長丁場を演じきった役者さんたちに拍手を送りたい。DVDを買おうかどうか迷っている。

Dオディロン・ルドン
姫路市立美術館で開かれた「オディロン・ルドン展」を見に行って、一目で好きになった。オディロン・ルドンは 19 世紀から 20 世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家、版画家。美術史的にいうと印象派に属するが、同時代の画家たちとは作風を異にしている。著名なモネやセザンヌ、ルノワールらが目に見えるものを題材として選び、光の表現を追求したのに対し、ルドンは目に見えないもの、光の届かない暗がりや人の心に潜むものを好んで描いた。長い足をはやしたまっくろくろすけのような「蜘蛛」や、気球の風船の部分が大きな目玉になっている「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」なんかは、どういうわけか親近感がわくんだよな。
若い頃にはこうした白黒の恐ろしげな作品を数多く描いたルドンだが、50歳を過ぎた頃から、色彩豊かな花の絵を描くようになる。このあたりの変化も面白い。
日本では岐阜県美術館がルドン作品の収集にあたっているようだ。機会があれば行ってみたい。

Eアーシュラ・ル・グィン『Power』
『Gifts (ギフト)』、『Voices (ヴォイス)』に続く、「The Chronicles of the Western Shore (西のはての年代記)」シリーズの最終巻。主人公 Gavir と一緒に旅をし、詩をよみ、別れを経験して・・・まるで自分が Gavir の人生を生き直しているような気持ちにさせてくれる、最高の作品だった。70 を超えてなおこれほど素晴らしい物語を作り続けてくれているル・グィンに感謝したい。こういう作品なのだ、僕が訳してみたいのは。
奇異な力を持つ奴隷の少年 Gavir が、自分のルーツや居場所を求めて、"西の果て" にあるさまざまな形態の社会を歴訪する、というのがこの物語の大筋。Gavir が天から与えられた力 (gift) は考えようによってはとても便利な力なのだが、それを駆使して危機を乗り越えたり、人々の命を救ったりするわけではない。『Power』は、「みなしごの少年が天から与えられた魔法の力を駆使して、悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒す」系の単純なシンデレラ ストーリーではないのだ。そういえば、ジブリの映画版ゲド戦記に対し、Le Guin は「The darkness within us can't be done away with by swinging a magic sword (わたしたちの心の闇は、魔法の剣の一振りで追い払えるようなものではないのです)」とコメントしているが、この哲学が『Power』にも活かされていると言っていい。

前作、前々作とのつながりはそれほど強くないものの、『Gifts』に登場した Orec や Gry、『Voices』の主人公 Memer も成長した姿で登場し、ファンを喜ばせてくれる。これで完結とのことだが、願わくは続編の書かれんことを。
posted by うめ at 20:49| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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