梅風呂

2007年10月18日

聖バルナバ教会のパイプオルガン演奏会

先週末、家のすぐそばにある聖バルナバ教会で催されたパイプオルガンの演奏会を聴きに行ってきた。実はその前の日、目白台の東京カテドラルで大改修記念コンサートがあったのだが、申し込むのをすっかり失念していて、気付いたときには整理券の配布が終わってしまっていた。大きな教会ホールで無料で聴けるとあって、申込者が殺到したのであろう。悔しい思いをしているときに、運よく聖バルナバ教会での演奏会の案内がポストに入っていたものだ。
聖バルナバ教会の方はちんまりした教会で、パイプオルガンも大聖堂にあるような大仰なものではない。オルガンのそばに座ったので、鍵盤と演奏者の指の動きがよく見えた。ちょっと違和感を感じたので注意して指の動きを追ったところ、音がピアノよりもちょうど半音くらい高い。パンフレットにピッチが 465 Hz で調律されているとあったから、合点がいった。普通のピアノやオケは大体 440 Hz 前後で合わせるもんね。この 465 Hz というのは何か意味があるのだろうか?

さて、プログラムの中で目を引いたのは「作者不詳『ロバーツブリッジ写本より エスタンピー』」という曲。演奏者の解説によると、これは現存する最古のオルガン曲であるとのこと。舞曲らしいのだが、何とも不思議な、前衛的とも言えるような曲だった。バロック以前の曲は、和声が解決しなかったり、形式が自由奔放だったりして、ちょっととらえどころがない。この「ロバーツブリッジ写本」なるものは 14 世紀初頭にイギリスで書かれたものだという。
演奏会そっちのけで気になったのは、最古のオルガン曲はこの「オッパッピーエスタンピー」であるとして、最古の楽譜はいったいいつ、何のために書かれたんだろうということだ。グーグル先生に相談してみると、現存する最古の楽譜は、紀元前 800 年頃にバビロニアで書かれたものであり、これはまだ解読されていないとのこと。紀元前 2000 年にはエジプトでパピルスに楽譜が記されていた、としてあるサイトもある (こういうときはちゃんと書籍にあたらないと確証が得られない・・・)。何千年も前にはどんな音楽が演奏されていたのだろうか。生きている間に解読されれば良いが。
今度はウィキペディア先生に伺ってみると、基準となる音程を現在のように線で表したネウマ譜と呼ばれる楽譜が登場したのは、9 世紀らしい。この楽譜はグレゴリオ聖歌に用いられたものだそうだ (試しに Youtube で "Gregorian Chant" で検索してみると、多数ヒットした)。音程の基準を表す線も初期は 1 本だけで、現在のような 5 本線に落ち着くのは 17 世紀に入ってからのことだというが、これはもうフレスコバルディやブクステフーデが活躍したバロック時代である (バッハが生まれるのは 1685 年)。ピアノをやっていると、クラシック音楽はバッハやスカルラッティから始まったのだという印象が強くなるが、いやいやどうして、彼らも連綿と続く西洋音楽の歴史における中間点だったのだね。
というわけで、いろいろと勉強になった演奏会だった。
posted by うめ at 22:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

軽快な PDF ビューア

最も広く使用されている PDF ビューア「Adobe Reader」は、とにかく重い。起動に時間がかかるし、サイズの大きなファイルの場合、スムーズにスクロールできない。PDF を参照しなければならない仕事のたびに、不便だ不便だと感じていたのだが、そんな悩みも Foxit PDF Reader で一発解決。PDF ビューアでお悩みの方は、ぜひお試しあれ。

Foxit PDF Reader

日本語に対応させるには、上記ページから fpdfcjk.bin をダウンロードし、そのファイルを Foxit PDF Reader の実行ファイル (拡張子が .exe のファイル) があるフォルダ (デフォルトでは C:\Program Files\Foxit Software\Foxit Reader) に移動させる。
UI を日本語化するには、Foxit Reader.exe の実行後、メニューの[Language] から [Japanese] を選択。
posted by うめ at 00:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

2007年10月12日(金)

最近は 7 時前後にラジオの電源が入るようにセットしてあるから、AM のニュースを聞きながらゆっくり眠気を覚ましている。今朝のトップニュースは首都圏の駅の改札が軒並み使えなくなったというトラブルだった。もう会社に行ってないから自分には関係ないけれども、大きな事故?を人様と共有できないのはそれはそれで寂しい、などとぼんやり考えつつ、2ch の交通情報板をチェック。地震が起こったときもそうだけど、2ch は情報が早いね。学生の頃は「2ch!? け、汚らわしい! あんな人非人の巣窟など!」なんて(本心から)思っていたけど、今や東で首相が辞めたら 2ch、西で飛行機が事故っても 2ch ですよ。
さてさて、服を着替えて、近所の亀井堂へ。久しぶりに名物のクリームパンを買った。コーヒーを淹れて 8 時 15 分にはテレビの前にスタンバる。近頃の梅風呂の活力源は、NHK の朝の連ドラ『ちりとてちん』。放映が始まってから 2 週間も経っていないけれど、非常に面白い。今後の展開には期待大だ。12 時 45 分からの再放送も必ず観てるもんね。
今日は 9 時前には仕事を始められて、ナイスなスタートを切ったはいいのだけれど、どうにも作業がはかどらない。今は翻訳ではなく、翻訳する前の下準備をしている。Trados のコンポーネント ソフトを使用して、今回の対象ファイルの旧版を翻訳メモリに登録していっているのだ。Word で数百ページに及ぶ文書を手動で TM (Translation Memory) に取り込んでいくので、時間もかかるし骨も折れる。そのため、30 分やっちゃあ席を立ち、1 時間やっちゃあ外に煙草を吸いに行き、の繰り返しだった。
それでも何とか本日分のノルマが終わり、そろそろ PC を閉じようかというときに、タイミングよく b98 から晩御飯のお誘いが来た。ティーヌンで飯を食い、その後はお決まりのパターン、ルノアールでお茶を呑む。最近ぼくらが話すことは、Youtube とニコニコ動画と漫画のことばかりだ。あ、それでもイラクで誘拐された横国大生のことは話したな。僕は今、世論が「自己責任」の方に動いていくのか、それとも「全力で救出してあげてくれ!」というような方向に動いていくのか、注視している。誰が世論を束ねていくのか。新首相はどういうスタンスを取るのか。僕個人としては、「世界を見たい」という気持ちは「女を抱きたい」というリビドーや、「会社を興してビッグになりたい」という野望などと同種の、僕ら若者が持つ荒っぽい欲望のひとつのかたちじゃないかと思うから、彼が危険な地域に出かけていったことを責める気持ちはさらさらない。そういう欲望を僕らから取り除いたら、何が残る? また、海外で自国民が危険な目にあっているとしたら、国家があらゆる手段を講じてそれを救出するのが当然の義務だとも考えている。たとえかれが崇高な目的を持ってボランティアをしに行っているのだとしても、女や葉っぱを買いにいっているのだとしても、だ。まあそもそも責められるべきは誘拐犯であり、嘆くべきはそういう犯罪組織が跳梁跋扈する世の中の方だ。それにしても、外国の旅行者を誘拐するような輩は馬鹿だね。旅行者というものは、その国で見た美しいもの、出会った楽しいひとびとのことを自国に帰ってから友人知人に話す。土産話を面白可笑しくするために、危険な目にあったことなんかをちょっぴり織り交ぜたりするけれど、語られるのはもっぱらその国の良いところ、優れたところだよ。旅行者は、美しい言い方をすれば、文化の橋渡し、大げさな言い方をすれば、小さな外交官か。ところが、いったんこういう出来事が起こると、あの国は危険な国、テロリストと犯罪者の巣食う国、という強い印象が植え付けられる。僕らの間に不信と憎しみの感情が芽生えるわけだ。そして果てしない泥仕合の始まり始まり、となる。人間はそんなに賢い生き物ではないから、やられたらやりかえさずにはいられない。とはいえ、ひとりでは仕返しする勇気もないから、似たような仲間を集めて力を得ようとする。マスパワーというやつだ。そうなるともう止められない。
さてさて、そうこうしているうちに、ナンバ氏とtrueeyesも合流して、再びYoutubeと漫画の話に。いつもどおり楽しい会となりました。明日はナンバ氏に自転車を直してもらうことになった。チェーンは錆び付いているし、ブレーキもあやしい。タイヤは何ヶ月もパンクしたまま放っている・・・。学生時代に北海道を共に回った相棒のハズなのに。
posted by うめ at 01:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

掟の門

掟の門前に門番が立っていた。そこへ田舎から一人の男がやって来て、入れてくれ、と言った。今はだめだ、と門番は言った。男は思案した。今はだめだとしても、あとでならいいのか、とたずねた。
「たぶんな。とにかく今はだめだ」
と、門番は答えた。
掟の門はいつもどおり開いたままだった。門番が脇へよったので男は中をのぞきこんだ。これをみて門番は笑った。
「そんなに入りたいなら、おれにかまわず入るがいい。しかし言っとくが、おれはこのとおりの力持ちだ。それでもほんの下っぱで、中に入ると部屋ごとに一人ずつ、順ぐりにすごいのがいる」
こんなに厄介だとは思わなかった。掟の門は誰にでもひらかれているはずだと男は思った。しかし、毛皮のマントを見につけた門番の、その大きな尖り鼻と、筋骨隆々たる体躯をみていると、おとなしく待っている方がよさそうだった。だから、男は待ち続けた。幾日も幾日も待ち続けた。その間、許しを得るためにあれこれ手をつくした。くどくど懇願して門番にうるさがられた。ときたまのことだが、門番が口をきいてくれた。たずさえてきたいろいろな品を、男は門番につぎつぎと贈り物をした。そのつど門番は平然として受け取って、こう答えた。
「おまえの気がすむようにもらっておく。しかし、ただそれだけのことだ」
男は長いこと門の前で待ち続けたのだが、いっこう埒があかぬ。たくさん用意してきた乾パンは屑ばかりになり、飲み水も皮袋の底を潤す程度になった。しかたなしに、男は門のそばに井戸を掘ることにした。幸い穴は固い岩盤の層にぶち当たることもなく、ほどなく粘土層から水が湧き出してきた。水の次は食料である。男は、携えてきた弓矢で野の獣を仕留めたり、野葡萄を摘んだりして飢えを癒した。そうこうしている間も、門番をなだめすかして中に入れてもらおうとしたのだが、門番の言葉はいつも同じだった。
「おれにかまわず入ればいいではないか。門はいつでも開かれている」
だが、男には門番の横を通りぬける勇気がなかった。
男が待ち続けるうちに、季節は寒くなった。男はそれまで寝袋にくるまって夜を過ごしていたのだが、野分の冷たい風が身にしみるようになった。そこで、近くの森へ行き、手ごろな木を引き倒して木材とした。それを縄で結わえて壁を作り、茅で屋根を葺いた。粗末な小屋だったが、雨風を凌げるだけありがたく、冬の間その中で過ごした。風の強い日も、雪の降る日も、男はかかさず掟の門の前に立ち、門番に中へ入れてくれるよう頼んだ。答えは同じだった。門の中を覗き込むと、暗闇の中に燦然ときらめくものがみえた。
やがて春が来た。男は門のそばの土地を耕して麦を植えた。食用となる野草も畑で育てた。その秋、はじめて採れた麦でつくった黒パンを、男は門番にわけてやった。
春と夏と秋と冬とが幾度か巡った。男は、あるとき小屋に泊めてやった旅の女を妻とし、その女との間に子を成した。掟の門の前には相変わらず門番が立ち続けており、男はその中に入ることをあきらめてはいなかったのだが、門番とのやりとりは途絶えがちになった。食うためには働かねばならぬ。先の見えぬことに費やす時間はない。妻と子供たちを養うために、男は畑を大きくし、井戸を深くした。野豚を捕えて数を増やした。小屋が手狭になったので、石と土で家を作った。壁にはしっくいを塗った。
また春と夏と秋と冬が幾度か巡った。子供たちもすっかり成長し、それぞれが妻夫を娶った。いつの間にか男には孫が出来ていた。小屋の外に揺り椅子を出し、妻とともに孫たちの賑やかな声を聞きながらうつらうつらするのが男の日課になった。そして、かれが掟の門の前に立つことは絶えて久しくなっていた。門は以前の変わらず年老いた男の家のそばに立っていたのであるが、もうかれの目には入らぬようだった。
男が天寿を全うし、そのいのちが尽きようとしているとき、掟の門の門番は、家から漏れてくる男の子供や孫の嘆き哀しむ声を聞きながら、つぶやいた。
「この門は、おまえひとりのためのものだったのだ。ほかの誰ひとり、ここには入れない。しかし、そもそもお前にはこの門は必要なかったのだな。ここを閉めるぞ」
男が死んだあと、門は風雨に侵され、力強い野草の蔓に絡みつかれて、いつしか崩れさっていた。


元ネタ:フランツ・カフカ『掟の門』
posted by うめ at 22:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月05日

愛の反対

最近街中で「ひどい」母親をよく見かける。人通りの多い繁華街で、火のついたように泣いている子供を大声で叱り続ける(というより罵倒している)母親や、物心もつかぬような幼児に対して、まるでかれが大人であるかのようにその行儀の悪さを「論理的に」責め立てている母親。いずれの場合も、ああ、これは虐待というものなのではないだろうか、この子はまともな大人に育ってくれるだろうか、いや、この子も大人になったら、その母親と同じように子供を虐待するのではないのだろうか・・・などと考えながらも、クールな都会人よろしく見て見ぬふりをしていたのだけれど、先日見かけた母子は放っておけなかった。いや、結局何もしなかったのだけれど、声をかける寸前だった。仕事帰りだったと思うのだが、メトロの高田馬場駅ホームに下りていくと、2、3 歳の子供がひとり地べたに這いつくばり、金切り声をあげていた。迷子なのかと思ったが、どうも少し離れたところにいる女性が母親らしい。かれはその女性に向かってママ、ママと叫んでいるようだったから。ところがその女性は子供の方をまったく見もせず、無視を決め込んでいる。1 分経ち、2 分経っても、子供は泣き続け、母親は知らんぷり。ホームで電車を待っている人たちもその母子が気にかかるらしく、ちらちらと目をやっている。特に近くに立っていた西洋人の若者が落ち着かぬ素振りを見せている。自分の握った手の平も変な汗をかいてきた。警笛を鳴らしながら電車が入ってきて、ああこれはもう駄目だ、声をかけよう、と思ったその瞬間に、女性は何事もなかったかのようにすっと子供を抱きかかえ、止まった電車に乗り込んだ。それを見て少しだけほっとしたのだけれども、よっぽど言ってやろうかと思った。子供さん、泣いてたじゃないですか。それって、ネグレクトっていうやつじゃないんですか、と。
そういえばマザー・テレサによると、愛の反対は憎しみではなく、無関心なのだそうだ (The opposite of love is not hate, it's indifference)。

それにしても、もう少し勇気が欲しい。いじめを見て見ぬ振りをしている者もいじめている者と同罪だというけれど、子供がneglectされている姿を見て見ぬ振りをする者も、neglectする母親と同じ罪を被るのだろうか。あのとき僕が声をかけることで、あの子供の人生が少しでも好転したのではあるまいか、などと考えると居たたまれぬ気持ちになる。
posted by うめ at 00:22| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月03日

Oh Happy Day



『天使にラブ・ソングを2』のワンシーン、やんちゃな高校生たちが始めて人前で歌を歌うところ。緊張からまったく声の出なかったソリストの少年が、徐々に調子を取り戻していき、最終的には心のままに思いきり歌えるようになる。このシーンが好きで、Youtubeで繰り返し見とります。『Oh Happy Day』もいいしね。
posted by うめ at 23:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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